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2008/02/18

営業電話についての個人的見解

私は日中、外出が多いので、あまり社内にはいません。
それでも、一日何件かの営業電話に対応しますtelephone



「うちはけっこうですから」
「いま忙しいから」
と言ってガチャンと切る人も多いかもしれませんが、
私は忙しくてもあえて一通り聞くようにしています。



そこで、傾向がわかってきましたflair

  • やたら低姿勢な人(かえって気持ち悪いことも)
  • いわゆる営業ノリのトークの人(良くも悪くも)
  • とにかく押しまくる人(パワフルさは見習いたいけど、度を越すと迷惑なだけ)
  • あなた営業向いてないんじゃない?と言いたくなるほど、かみまくる人(ノーコメント)

パターンとしては、例外はあるにせよ、
たいてい上記4つのどれかに当てはまりますconfident


うまいなぁsign01と思う人もモチロンいますが。
残念ながら、ほんの一握り。


おそらくマニュアルをたたき込まれて、
その通りにしゃべっているだけなんでしょうねsad



で、問題は、そのマニュアルの善し悪し


マニュアルが素晴らしいと、自信をもって話せる。
逆の場合、大丈夫?と聞きたくなるほど、自信なさそうに話す。


また、前者の場合でも、
マニュアル通りに展開している間は自信たっぷりでも、
こちらが逆営業してみたりとか(笑)、不意打ちをすると、
途端に豹変。慌ててる感が、電話越しにもよーく伝わりますdash



あと、最近多いトーク。
ブログ読んで、ぜひお話ししたいと思って!


読んでくださるのは、本当に嬉しいし、ありがたいんです。


でも、営業するにあたって、相手の会社のサイトを見るとか、
担当者や社長など、話したい相手がブログを持っていたら、
読んでおくとか、そんなの当たり前でしょ、と思います。


営業するにあたって、事前情報を仕入れるのは当然のこと
それをわざわざ言われてもなぁ…という感じですね。
厳しいかなcoldsweats01



そんなことを思っている今日この頃。


本日かかってきた営業電話のうち、一番びっくりしたのは、
「僕、一年目なんです」に始まり、自分のことを話し出した方


「一通り聞いてみよう」がモットーの私でも、
さすがにコレは遮りましたng


小さな会社の社長だって、そんなにヒマじゃないんですcoldsweats01

小さな会社の社長だからこそ忙しい、とも言えます。


興味を持てる人、共感できる人、尊敬できる人
に対してくらいですよ、身の上話を聞きたくなるのって。


願わくば、
少なくとも、「興味を持てる人」を目指してほしいですね。
そう思えたら、多少忙しくても、話し聞いちゃいますもの。


そして、この営業さん魅力的だなぁと思ったときは、
喜んで時間を作り、ご来社いただいていますnote


そのうち、2回は、まんまとお客になりましたしlovely


そのうちの1回は、ホントに好印象な方でしたheart02
見た目は清潔感があり、話し方も礼儀正しい
立ち居振る舞いも毅然としている。


そして、契約後は、自筆のお手紙をくださいました。


こういう方とは、ずっとお付き合いしていきたくなりますshine



何件売れだとか、定量的な目標も大事ですし、
それを目指して頑張るのももちろん重要ですが


やっぱり、
人の心を打つ人」が一番ですねsign03


だって、いくら良い商品でも、
営業担当者が「ん?」って人だと、買いません
ものbearing


で、あとで同じものを、別の人から買ったりmoneybag

よくやりますsmile

2008/02/17

ベストな状態で仕事をするために

今日は日曜でしたが、午前に打ち合わせが1件。


日曜にアポが入ることはありますが、
午前からというのはなかなか無く、
かなり久しぶり〜な感じでしたcatface




日曜といえば、
one少し寝坊して起きる。
twoたっぷりめの朝食をのんびり摂る。
three掃除などの家事。
four美容院やエステ、ネイルサロンなどへshine
 もしくは、平日にやり残したお仕事pc
five自宅でやや豪華にお食事restaurant
six月曜に備え、予習的なお仕事pc


という過ごし方が多いのですが。



朝、平日同様バタバタ支度し、1時間以上かけて仕事に出かけるbuilding
というのは、ずいぶん久しぶりな気がして、
何だかすごく新鮮でしたhappy01




ところで、唐突ですが、最近思っていることflair


イチローを見習おうsign03



どういうことかというと。
毎日、規則正しい生活をする
そんな“単純だけど難しいこと”をしようと思っています。



もう少し具体的にいうと。
イチローは、試合のある時間帯に
コンディションがもっとも良くなり、
力がもっとも発揮できる状態になるよう、調整
しているそうです。


試合の無い日でも、
「試合のある時間にベストの状態になる」
ようにしているとか。



自分に置き換えると。

  • 土日も、平日と同じ時間に起き、同じリズムで生活をする。
  • 土日だからといって、お昼過ぎまで寝たりしない。
  • 土日に終日遊ぶ時間をとるために、平日に無理して遅くまで仕事したりしない。
  • 平日夜もずっとMacにかじりつくのではなく、美味しいものを食べる時間などを作る。
  • そして土日も、仕事をして、夜はゆったり、という平日と同じリズムで生活する。

ということを実践し、毎日規則正しく生活してみたいなとwatch


平日5日でやるボリュームの仕事を7日に分けることで、
身体に無理なく同じ量の仕事ができるなら、
そっちのほうが良い気がしていますhappy02



近ごろそんなことを考え、実践しはじめていたところなので、
今日の打ち合わせもまったく苦ではありませんでしたup


その証拠(?)に、
アポイントの時間より30分も前に着きましたscissors


そのご褒美(?)に、
東京マラソンをじっくり観ることができましたしrun

しかも、1位集団を観ちゃったlovely


あ、アポの待ち合わせ場所が、
ちょうどコース沿いだったんです(補足)。




朝から大声を出してマラソン応援event


すっかりテンションも上がりup
超ベストな状態で打ち合わせに向かえましたpass



「超ベスト」って…coldsweats01
日本語がおかしい時点でベストじゃないですね(笑)

2008/02/16

早速使ってみる

私のブログは、TypePadを利用しているのですが、


いつの間にか、絵文字が使えるようになってるっhappy02



まったく気付きませんでしたsweat01
記事の投稿画面に、見たことないボタンがあると思ったらflair



コメント投稿の際にも絵文字が使えるように設定してみましたwink
良かったらご利用くださいhappy01heart04

2008/02/08

閉まるドアにご注意

先日の記事にも書きましたが、
今年から通勤時間が増えたので、
当然ですが、電車に乗る機会が増えました。


そして、電車慣れしていない私は、
毎日のように、電車のドアにはさまれます。。


正確には、後ろ髪がはさまれます。。



電車に乗っただけで満足してしまい、
席に座ろうとしたり、中央へ移動したり
といったことを忘れているのか、
ドア付近に立っていることが多いのです。


すると、閉まるドアに、まんまと後ろ髪がはさまれます。



はさまれた側のドアがしばらく開かないと最悪です。

あと何駅で解放されるんだろう

と、泣きそうになりながら、
ただただはさまっています。



先日は、終点(池袋)まではさまっていました。
よりによって、私がはさまったのは、
池袋駅の降車側ホームではなく、乗車側。


折り返す電車に乗ろうと、ホームに並んでいる人たち。
私がはさまっているのと逆側のドアから降りていく乗客たち。
その間、ひとりはさまっている私。


ちらりと振り返ると、ホームに並んでいる人たちが
かすかに笑っているような。。


乗車側ドアが開き、解放された瞬間、
逃げるようにダッシュしたのは言うまでもありません。



電車のドアに、「開くドアにご注意」とありますが、
私にとっては「閉まるドアにご注意」です。


絶対閉まるときのほうが危険ですって!
と、声を大にして言いたい今日この頃。



早く電車に慣れなきゃいけませんね。。

2008/02/06

通勤時間の活用法

年末年始に実家に戻ったことで、
年明けから、通勤時間が45分増えました。


往復で、1時間半
たいそうな時間です。


土日もたいてい会社に行くので、
1週間で7時間半、1ヶ月だと30時間
まったくもって、たいそうな時間です。



この時間の使い方がかなり大事になってくるな
と思う今日この頃。



とりあえず、1月の間は、毎日の1時間半を利用して、
読みたかった本を一気に読むことに専念しました。



そして、2月。
今月は、ひとりブレストをしています。


手帳を広げて、思いついたことをメモしているだけですが。



でも、すでに、けっこういろいろたまってきました。
使えるか使えないか微妙なアイディアが(笑)。


いつか読み返したら面白いかも。
今は使えないと思ったものでも、時間が経ってから見たら、
けっこうイケるじゃん♪ ってアイディアかもしれないし。
と、未来の自分から、今の自分に期待☆



それにしても、
電車の中のいろいろな匂いにはまだ慣れません。。

2008/02/02

らーめん奮闘記

最近、毎日見に行ってしまうブログの1つ。


じゃけんコラム



岡山でラーメンチェーンを展開する
ペブルフードオペレーション様の新店
「拉麺家族イオン津山店」の店主・河原さんのブログです。



昨年までは東京で美容系のお仕事をされていた河原さんは、
郷里に戻り、お父様の経営される同社にて、
このたび、新店の店長さんになりました。


異業種からの転身。
私も経験しているので、その大変さは身にしみてわかります。



このブログでは最近スタートしたのですが、
1月31日のオープンに向けて、
お店がだんだんでき上がっていく様子が書かれ、
読んでいるコチラまで、開店準備に携わっているような気分に☆


さて、開店後はどんな様子だったのでしょう?
次の更新が楽しみです♪

2008/02/01

育ての母の死

びっくりするくらい長い間、更新が滞っていました。
何事も継続が大事! なのに…。
以後、気をつけます!



更新していなかった約3ヶ月の間、
私事で恐縮ですが、身内に不幸がありました。



私の家族構成は、母、祖母。


母は私が幼い頃に離婚しており、
その後、母方の祖父母と4人で暮らしていました。


7年前に祖父が他界してからは、
女3人、三世代で暮らしていました。


私が5歳のときからアパレル業界で働いていた母は、
販売コンサルとして、全国に出張が多かったため、
兄弟もいない私は、いつも祖父母と遊んでいました。


海外暮らしの長かった祖父には、
欧米式のテーブルマナーや英語のほか、
競馬やパチンコまで教わりました(笑)。


生涯専業主婦の祖母には、
家事全般を教わったのはもちろん、
絵画や書道、音楽など、芸術・芸能に造詣が深い人だったので、
そういったことを幼い頃から教わっていました。




祖父が他界した後、程なくして、
私はフリーランスになり、自宅で仕事をするようになったので、
アポイントのない日は、三食とも祖母と一緒に食事していました。
近所へ買い物に行く際も、仕事の手が空いていれば、
一緒に行き、ちょっとお茶したりなど、
祖母とのつかの間のデートを楽しんでいました。




一昨年、私は起業するにあたり、実家を出ました。


母は相変わらず忙しく働いているので、
私がいないなると、日中は、祖母は一人きりに。


引っ越しの日、
祖母がとても寂しそうだったのを今でも覚えています。




そして、私の会社設立の日、2006年6月8日、
母に癌が発覚しました。


その後、いくつかの病院での検査を重ね、
7月に入院、8月に手術。


術後の経過は良く、元気になってくれたのですが、
転移や再発の可能性がまだ残っていたので、
9月に再入院。抗がん剤治療が始まりました。



治療はクリスマス近くまでかかりました。
仕事の合間に、ほんの数十分でも母に会いに行ったり、
夜にアポが入っていない日は、祖母と食事をしたり
といった日々が続きました。


立ち上げたばかりの小さな会社ですから、
私事に専念してしまっては、会社が立ち行かなくなります。


とはいえ、
治療に苦しみながらも気丈に振る舞う母と、
「私が替わってあげたい」と泣きじゃくる祖母。
たった二人の家族をほうっておくこともできない。


それまで、実家で甘えさせてもらって、
ようやく小さいながらも会社を作ることができ、
これから母と祖母に恩返しをしていこう、
という時だったのに。


こんなに苦しんでいる二人のそばにずっといて
力になってあげることができないということが
何よりも辛かったです。

なんで会社を作ったこのタイミングでこんなことに、
実家にいたときなら、もっといろいろしてあげられたのに、
なんで今なんだ、
と、運命を呪いたくなったりもしました。


人生でいくつかの試練が与えられる時期というのは、
皆あると思っています。
私にとっては、幼少期に父のことで辛い思いをした次の、
人生2回目の試練の時期なんだろうなと思いました。




でも、もっと苦しいのは癌と戦っている母。
だから、祖母にも、
「今は母を優先してあげよう」
「泣いたら、母が困るでしょ」と、
我慢するよう、何度も言いました。


すると、祖母も、
「あのコ(母)が全快するまでは、私頑張るわ」
と言い、泣きやみ、意を決したような表情になってくれました。




年末の退院後、母は順調に回復し、
半月後の昨年1月中旬から、仕事にも復帰しました。
月1回の検診には行っていますが、ずっと良好な状態です。


祖母とも、これまで以上に仲良くやってくれていて、
私もすっかり安心していました。




それから1年も経たない、昨年の11月、祖母が他界しました。


朝5時に起きて、洗濯をし、
家の中と外を掃除し、朝食を作り、母を起こし、
母を見送った後は10時に買い物に行き…


84歳になっても、毎日、専業主婦として
きっちり家を守ってくれていた元気な祖母が、
突然亡くなりました。




母と私が電話しているときでした。
「トイレに行ってくるね」と母に声をかけた祖母の声が
電話口でかすかに聞こえました。


その1、2分後、祖母はトイレで倒れました。
電話口の母の悲鳴。
「どうしたの!?」と叫びましたが、電話は切れ、
ただごとではないことだけがわかりました。




救急車で運ばれた祖母は、そのまま病院で息を引き取りました。


あまりに突然のことだったので、
母も私も受け入れることがなかなかできませんでした。




私にとって祖母は、
育ててくれた「母」であり、
一緒に遊んでくれた「友達」であり、
勉強や絵、歌、書道を教えてくれた「先生」であり、

そして晩年は、母と孫の心配ばかりしながら、
二人が仕事に専念できるようにと家のことを一切引き受けてくれた
優しくて可愛いおばあちゃんでした。




母が癌になったあと、
「もう絶対再発しないってなるまで、
 完全に元気になるまでは、私頑張るわね」
と、口癖のように言っていた祖母の言葉が思い出されます。


その言葉から、祖母の突然の死は、
母がもう絶対大丈夫ということなんだな、
と思うことにしています。


そう思うことで、
ようやく受け入れることができた気がしています。


祖母がくれたメッセージは、
母と私の最大の心配事をなくしてくれたんだと。




この間の年末年始の休みを利用して、私は実家に戻りました。
約2年ぶりのわが家で、お互いの仕事に支障のないよう、
母と家事を分担しながら、何とか頑張っています。


実家は都内とはいえ、かなり辺鄙なところにあるので、
通勤は大変になりましたし、
そういった生活にまだ慣れていない部分も多いのですが、
なんだかんだ楽しくやっています。


母も一人っ子で、私も一人っ子。
お互い頼れる兄弟もいないですが、
その分、結束は強いようで。


祖母がいなくなったことで、生活全般いろいろ大変になりましたが、
それなりに楽しみつつ、思っていたよりはうまくいっています。




今回の件で、いろいろな方に
大変ご心配ご迷惑をおかけしました。


葬儀の準備や当日、後処理などで、
どうしても仕事ができない時間があり、
お取引先の皆さまにはレスポンスが1、2日遅れたりと
大変ご迷惑をおかけいたしました。


私が会社にいられない時間は、
弊社の井上にすべて任せてしまい、
ずいぶんと助けられました。


そのほかにも、友人知人、たくさんの人に
励まされ、元気を与えてもらいました。


たくさんの方々にご迷惑ご心配をおかけしたことを
この場を借りてお詫び申し上げます。


また、たくさんの元気をくれた皆さまに、
心より深謝申し上げます。


そして、大好きな人たちへ。
心配かけてごめんね。
私はもう大丈夫。ありがとう。

2008年8月

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